2011年09月15日
諸問題。。。@ボリビア(9月号)
南米ボリビアの農業隊員、鶴田です。
今月はボリビアが抱えている問題をいくつか紹介しますね。
まずは野焼きのお話。
南米アマゾンでは年間どこかの土地(適当で申し訳ありません)に匹敵するくらいの広さの森林が消えているという話をよく聞きますよね。
ここボリビアでも盛大に森が消えまくっています。
そしてそのほとんどは開拓目的の人為的火災によって焼失しています。
(人の手によって燃やされた国立公園の様子)
森林の消失も重大な問題なのですが、
同様に問題なのがその火災によって放出される膨大な量の煙。
地平線が見えるほどまっ平らなここサンフアンで、
雲ひとつない晴天にも関わらず、
この時期は500m先ですら霞んで見えます。
そう、野焼きの煙が原因です。
想像できますか?
遠い森林が燃えているため立ち上る煙が見えないにも関わらず、広大な地域のどこに行っても煙が充満しているのです。
太陽は一日中夕焼けの様な色をしていて、
ひどい日には飛行機が飛べなくなるほど熱帯アマゾン地域は煙でいっぱいになります。
煤けたような臭いが漂い、のどの粘膜が弱い人はせきが止まらなくなり、
洗濯物は洗い直さなければ臭いが染み付いてしまいます。
よくない事だとわかっているのに止められない。
こういった問題はボリビアに限った事では無いのですが…
最後に環境問題について少しだけ。
先日、長距離バスに乗った時の出来事です。
出発の時間になって、バスの運転手より乗客に対し、
次の様な乗車中の注意がありました。
「乗客の皆さん、ご乗車ありがとうございます。
バス内においての飲食は自由となっていますが、
ゴミをバス内に残さないようご協力お願いします。
先日、バスの点検を行っていると荷物棚から大量のゴミが出てきました。
最近の乗客は本当にマナーが悪い!
ゴミはちゃんとバスの外に捨ててください。」
といいながら運転手は窓を開け、
ゴミを投げ捨てるジェスチャーを行いました。
窓からのポイ捨てはこの国では当たり前の光景。
常識であって、マナー違反ではないと言う事なのでしょうか。
今回はネガティブな話ばかりになってしまいましたね
次回は明るい話題を提供できればと思います。
それではまた
2011年09月12日
【イベント案内】国際理解教育セミナー
秋らしい気配になったと思ったら、また夏に戻っちゃいましたね~
さて、今回は、イベントのご案内です
毎年行っている「国際理解教育セミナー」を今年も開催いたします
講師も毎年来ていただいている、開発教育・グローバル教育のプロ、桜井高志さんをお呼びいたします。
「どのように国際理解教育をおこなえばいいのだろう」
「自分の経験を分かりやすく伝えたい」
「どのように子供たちを惹きつけつのか」…
などの疑問や不安はありませんか?
ワークショップを体験しながら「国際理解」を一緒に考えましょう
考えるばかりでなく、実際に体験して楽しめる内容となっています。
スキルアップやブラッシュアップのための参加はもちろん、
「国際理解教育って何?」と興味をもたれた方のご参加もお待ちしておりますよ
せっかくの機会です
ぜひご参加ください
「国際理解教育セミナー」
10月1日(土)10:30-16:00
佐賀市立図書館 大集会室
対象:学校教員、国際理解教育に携わる方、関心のある方であればどなたでも
講師:桜井高志(桜井・法貴グローバル教育研究所代表)
定員:30名(要予約)
参加費:無料
申込先:JICAデスク佐賀 松尾
jicadpd-desk-sagaken@jica.go.jp
0952-25-7921
2011年09月05日
胎盤(たいばん)食べますか?@中国
情報をくれたのは、中国で幼児教育の活動をされている鶴田隊員です
中国三大かまどの1つ・重慶は、今年も40℃以上の灼熱地獄
エアコン設備のない学校が多い為、
本来9月1日の始業式は行政命令(高温休暇)で1週間延期されました。
先日、同僚が双子を出産
中国の一人っ子政策は有名ですが、
幼稚園の子どもにも兄弟がいる子は沢山います。
両親が漢族で一人っ子同士の夫婦は子どもを2人持つ事を許され、
少数民族は制限なし。
「自由に子どもを産める日本人は幸せだね!」と、言われます。
中国の妊婦さんは産後1ヶ月家事をしません。
”座月子(ズォユエズ)”直訳すると座って1ヶ月を過ごす、
という昔の習慣が残っています。
産後の体をゆっくり休めるためで、1ヶ月はお風呂に入らず、歯磨きもしないそうです。
「衛生的にどうなの!?」思いますが、
体を冷やさない為と外からの感染を防ぐ為だとか。
当時の水は消毒されてない等の影響かもしれません。
座月子期間中の子育ては専門のベビーシッターに任せます。
出産直後「彼女の胎盤を食べに行こう!」と誘われました。
胎盤は非常に栄養価が高く、子どもを授かる縁起物とされています。
中国には、
”足が4本ある物は机と椅子以外何でも食べる、
空を飛ぶ物は飛行機以外何でも食べる”
という言葉がありますが、
まさか人体の一部だった物まで食べるとは…
中国の食文化にまた驚かされた出来事でした。
(本人の胎盤かどうか不確かな上、HIVや肝炎等に感染する危険性もあるので、私は食べていません。)
さて、10月半ばに任期終了となる私の協力隊生活。
(配属先の幼稚園で、子供たちと)
この2年の間には、
尖閣問題や対中ODAへの厳しい風当たり、
そして東日本大震災…
正直モチベーションが下がる出来事もありましたが、
日本にいたら考えなかったであろう事、
日本を出たからこそ気付けた日本の幼児教育の素晴らしさ等、
日本人として、そして教育者として貴重な経験をさせて頂きました。
無事健康に帰国の日を迎えられる事に感謝しています。
(赴任当初からかかわってきた子供たちとの卒園記念写真)
まだまだ鶴田さんのお話しをご覧になりたい方は
↓こちらのブログをご覧ください
笑口常開~いつも笑顔で~ http://blog.livedoor.jp/xiaoli_0102/
鶴田さん自身がされているブログです。
活動の様子がわかる(子供たちがすごくかわいいんです)だけでなく、日本と中国の教育の違い、考えの違いが幼稚園の先生としての目線で書かれているので、またおもしろいですよ。
2011年09月01日
母校のプロジェクト参加(日本とのつながり)
まだまだ暑い日が続いていますが、彼岸花も咲きだし、少しずつ秋が近づいているようです
今回は、チリで環境教育として活動
(活動については、7月28日投稿の記事をご参照ください)している
古川隊員からの投稿です。
(第2弾!)
母校のプロジェクト参加
私の母校である武雄北中学校では、
夢プロジェクトという企画を実施していて、
その1つが「夢ハンカチ」。
東北関東大震災の被災地に元気を送るため、
様々な人の夢を規定のハンカチに書いて(描いて)もらい、
それを10月までに1万枚集めて贈るというもの。
それに私も任地の子供達と参加をしている。
(どんな夢を描いているのでしょう???)
中学校の教頭先生が特殊なハンカチをわざわざチリまで送ってくれて、私が学校で授業をする際に時間をもらって実施中。
チリでも1年半前に大地震があったのもあり、みんなとても協力的だ。
わが国日本にとってとても大変な時期に、日本にいない日本人として何ができるのか考え悩むことがあるけど、母校の後輩達のプロジェクトに参加することで少しは遠くからも何かができるという、自己満足の世界でもあるが、感謝している。
(素敵な夢が描けました)
2011年08月22日
ボリビア観光の参考に。。。
みなさんこんにちは
南米ボリビアの鶴田です。
今回はボリビアの観光についてご紹介しますね。
雄大なアンデス山脈と広大なアマゾン川、古代インカ文明とスペインの侵略。
豊かな自然と深い歴史を持つ国ボリビアですが、観光方面でもまだまだ発展途上の国です。
自然や遺跡の数々、文化に安価な物価などなど魅力満載の国なのですが、アピールする力が足りません。
みなさんはボリビアと聞いて何を思い浮かべますか?
正しく南米にあると言える方自体少ないのではないでしょうか?
昨年はウユニ塩原(塩湖)やエケコ人形が騒がれたので少し名前が売れたのですが、ブームが過ぎ去った今記憶していらっしゃる方はあまり多くないでしょう。
(乾期のウユニ)
観光地としてはあまり有名ではないボリビア、
しかしそれは単に宣伝や整備など観光開発が整っていないためで、ボリビアという国が持つ観光ポテンシャルは世界有数の底力を持っている事は間違いありません。
例として世界遺産であるアルゼンチンのロス・グラシアレス(氷河)(写真上)と、同じく世界遺産であるボリビアのエル・フエルテ(遺跡)の遊歩道(写真下)を見比べてみましょう。
どちらがアルゼンチンで、どちらがボリビアかは一目瞭然です。
まぁ、ボリビアの歩道これはこれで温かみがあるようにも見えますがよく見てください。
このやる気のない板の並べ方!
頼りないてすり!
その辺の公園の歩道ならいざ知らず、観光客を集めお金を稼ぐ絶好の観光資源、世界遺産でこのレベルなのです。
なんてもったいない!
景観を守るために木材を使うのは素晴らしい心構えですが(そのつもりで使ったのではないでしょうが)、だからと言ってこの適当さはあきれます^^;
こんな感じで観光方面でも実にもったいない国ボリビアですが、もったいないながらも素晴らしい観光地でいっぱいです。
JICAの指示で休暇の話はできないようになっているため詳しくお伝えできないのが残念ですが、私も配属先が認めてくださっている年間20日間の休暇を利用し何か所かの観光地を訪ねました。
そのうちいくつかの写真を紹介させていただきますね^^
(サマイパタ エル・フエルテ遺跡)
(月の谷)
化石燃料、レアメタル、観光・・・海こそありませんがボリビアは世界有数の資源大国です。
だからと言う本音を出すのはいけませんが、外交戦略的にも日本が仲良くするべき国ですよね。
あ、いやいや、もちろん世界中の国と仲良くしなきゃいけませんけどね!
あまり本音を書くとJICAに怒られるので今回はこの辺で^^
それではまた来月!
(おまけ)
2011年08月15日
さが国際ふれあいフェスタ2011
(財)佐賀県国際交流協会が実施する
さが国際ふれあいフェスタ2011
のお知らせです
(↓→フェスタのチラシです)
9月19日(月・祝)
10:00~16:00
会場:アバンセ
佐賀県内の民間交流・協力団体28団体が参加いたします。
会場では、各団体の活動紹介や日本文化交流、各種チャリティバザーなど大人から子供まで世界を体感できるイベントが盛りだくさん
さらに、今年は特別企画
「友好交流締結記念全羅南道フェア」
の開催もあり、韓国の高校生による伝統芸能披露や韓服試着体験、韓国食ブース(トッポギやチヂミなど)がありますよ~
そして、JICAブースももちろん出します
佐賀県出身のJICAボランティアの活動写真展のほかに、触って楽しめる「手作りサッカーボール」の展示や参加して楽しめるたまごクイズを行います
「手作りサッカーボール」???
アフリカの子供たちは、身近にあるものを工夫して手作りのボールで遊んでいます。
どのような素材で作られているのでしょうか。
どのような思いで作っているのでしょうか。
実際に触れて感じてみませんか?
また、当日はJICAボランティア(青年海外協力隊・シニア海外ボランティア)OBによるボランティア相談も行いますので、お気軽にお越しください。
皆さまのお越しをお待ちしております
2011年08月09日
作業療法士というシゴト@ベトナム
最近、セミの声の大きさが一段と増していると思うのは、私だけでしょうか。
(最後の力を振り絞っているんでしょうね)
しかし、暑い
今回は、作業療法士として活動されている高尾さんの活動紹介です。
作業療法士という職業がないベトナムでどのような活動をされているのか???
ぜひご覧ください
こんにちは。
高尾麻衣子と申します。
私は、福岡県にある病院で4年働いた後、現職参加制度を利用し、職場を休職させていただき、この青年海外協力隊に参加しています。
現在は、ホーチミン市にある障害児整形外科リハビリセンターで作業療法士として活動しています。
ベトナムにはまだ作業療法士という職業がなく、発達障害領域の子供を対象に、正しい作業療法知識に基づく治療・訓練の 質の向上を図る目的で、派遣されました。
配属先のセンターは、たくさんの緑に囲まれた、とても魅力的な場所です。
スタッフ数約70名(同僚の理学療法士10名含む)、ベッド数約120床、その他、子供のデイケアや外来リハビリに来る子供たちで、センター内はいつも活気に満ち溢れています。また、たくさんの外国人ボランティアの出入りがあり、地域に開かれたセンターです。
私の1日の活動は、主に外来の子供のリハビリと、デイケアの子供のお世話・日常生活動作訓練(食事・着替えなど)です。
デイケアには、16歳未満の約40名の子供たちが通ってきています。
配属された当初一番驚いたのは、この子供たちがバイクで送り迎えされていることでした。
バイクの上で姿勢を保てない子は、両親の間に挟まれていたり(3人乗りで)、抱っこ紐のようなもので、しっかりと抱えられ、やってきていました。日本では考えられません。
子供たちは、先天性の病気や、交通事故により障害を抱えています。
戦争時の枯葉剤の影響を受けている子もいると言われていますが、証明することが難しく、保障を受けることができるのは、ほんの一握りだと聞きました。
また、交通事故が多いのもベトナムの特徴だと思います。、世界1位と言われているバイクの数、交通マナーも悪く、いくら注意していても、ヒヤリとするような出来事によく遭遇します。
(バイクの嵐…)
日々活動する中で感じたことは、技術を伝えるつもりできていたけど、逆に教わることも多くあったということ。
乏しい語学力、人間関係、1人ではなにもできないことを実感させられ、周りと協力することの大切さを改めて感じました。
また、子供たちの笑顔がかわいすぎるということ。
わたしの1番の元気の源です!!
さて、私はベトナムに来て1年が経ちました。
環境にもなれ、活動も落ち着いてきました。
今後の目標は、少し視野を広くしセンターの外に眼を向けてみることです。
障害を持つ子供たちが、地域社会(自宅、学校、社会)に適応する際の手助け、また、金銭面や、重度の障害で病院にこれない子供たちと関わることができれば、と考えています。
最後に、戦後成長し続けるベトナム、その経済の中心ホーチミン市の活気を、肌で感じることができるのも貴重な経験です。
物価がどんどん上がっていく…、そのスピードに少々驚きつつも、めまぐるしく変わっていくこの魅力溢れるベトナム生活を楽しんでいきたいと思っています。
(朝食の定番「フォー」)
残りの活動期間、1年、頑張っていきたいと思います!
2011年07月28日
任地の活動@チリ(おまけつき)
今回は、初登場の古川隊員からの投稿です
古川さんは、昨年12月からチリに環境教育隊員として派遣されています。
環境教育???
ということで、どんな活動をされているのか、活動の一部を紹介していただきました
学校が主な活動場所となっています。
ごみのリサイクルや分解年数を学ぶ授業をしています。
↓↓牛乳パック(その他、ワインやジュースのパック)をフリスビーにして遊んだ授業。
下の写真は、様々なごみが何年かかって分解するのかという授業をした後に、生徒にその絵と分解年数を書いてもらいました。
(ぼくたち、上手にかけたでしょ)
この後、みんなが描いた絵は、廊下に掲示しました。
おまけ―日本と似ているところ―
チリの女性は、大人も子供もトイレに2人以上で行くことが一般的らしい。
そうそう。日本に似ていますね
特に学生時代とか。
今後の古川さんからの投稿をお楽しみに~
2011年07月11日
今、ボリビアは冬です!(7月号)
ついに梅雨明けしましたね~
夏本番です
日本とは真逆の冬のボリビアから
(ちょっとうらやましい)
鶴田隊員の活動紹介です
みなさんこんにちは。伊万里の梨農家です。
地元伊万里で梨の出荷が始まる季節になりました。
セミは鳴き始めたでしょうか?
いよいよ日本は夏本番ですね。
北半球にある日本の反対、南半球にあるここボリビアには『寒い南風』の吹き荒れる冬が訪れています。冬とは言っても南風のない日の気温は25度前後ですけどね。そして寒い日でも氷点下になる事はありません。もちろん雪も降りません。
先日職場の中庭にナマケモノが1匹迷い込んでいました。
(↑本物のナマケモノ!!)
カタツムリといい勝負ができそうなくらい怠けている動物なのですが、いったいいつの間にどのようにして忍びこんだのでしょうか。
(←微笑んでいるみたい)
ゆったりとした動きを見ていると時間がとても長く感じられます。
今回も前回に引き続き活動の様子を紹介しますね。
まだまだ農業経験の浅い人間が付け焼刃の語学力で活動を行えるほどですので、指導対象である派遣先の地域の人々の技術力はあまり高くありません。それこそ土づくりや栽培管理以前に、水の撒き方、種の蒔き方、スコップの使い方からと指導する事は沢山あります。
何度言っても移植を終えたばかりの苗にバケツの水をひっくり返して水撒きをしたり、逆に水不足で枯らした野菜を指して、「病気になった。消毒してくれ」と言ったり・・・どうしてこのくらいの事もわかってくれないのかと不満に思う事は山ほどあります。
そんなこんなで偉そうに農業技術を教えている私ですが、
教える事よりも学ぶことのほうが多く、
私自身も活動先の人々から怒られる事しばしば(汗)
初めて見た熱帯の果樹がなんであるかわからなかったり、マチェテと呼ばれる巨大ナイフの使い方が下手だと言われたり。
教え教われな毎日です。
女の子の口説き方や下ネタもそこはラテンの国、
日常会話として飛び交います。
奥手な日本人である私にとってはそういう面でも学ぶ事は沢山あります。
いや、実践する事はないですけどね(笑)
熱帯地域の農業は温帯地域である日本の農業と違う事も多く、私が持っている知識だけでは手に負えない事が多々あります。また農業の地域差に限らずとも派遣先の人々のほうが私より優れている事は沢山あります。
マチェテの使い方もそうですが、栽培方法や管理方法等でも私が学ぶべき事は沢山です。
日本の農家でマンゴー等熱帯果樹の剪定や
接ぎ木を行った事がある人はどのくらいいるでしょうか。
巨大なナイフを振り回して草刈りを行った事がある人はどのくらいいるでしょうか。
これらの経験は今後の人生において実際に役に立つ事がなかったとしても、大きな財産となる事間違いなしだと思っています。
人との出会いは自分の人生の豊かさに繋がると、最近強く感じるようになりました。
そして経験はそのまま、人生の豊かさになると感じています。
この協力隊活動中に知り合った多くの人々との出会いはどれも私にとって素晴らしいものでした。
もちろん良い出会いばかりであったわけではありませんけど…
それもまた経験として^^;
残り9カ月となった協力隊活動。
私がこの経験や出会いから様々な事を学び人生を豊かにしているように、私と関わってくれる人々の人生の豊かさに私が影響を与えることができますように。
2011年07月04日
スリランカ活動報告の開催
今週日曜日にスリランカの活動報告を行います。
国際協力にご興味のある方、スリランカってどんな国だろうと気になる方…ぜひご参加ください。
セイロン紅茶を飲みながらの交流会もあります
【日時】平成23年7月10日(日)10時‐11時40分
【場所】アバンセ4階 第4研修室
【内容】①スリランカ活動報告
スリランカプロジェクト
「農村女性のグループづくりと
起業活動を通したむらづくり」
◆スリランカ中部州における農村女性グループの
組織化に関する調査及び協力活動
【「チャレンジ!国際協力」事業:JICA九州】
◆スリランカのNGO
MCCN代表セネビさんの佐賀訪問記
◆ファーマーズマーケット支援in スリランカ
【県民グループ派遣・招へい支援事業(海外編):
佐賀県男女共同参画センター(アバンセ)】
②ティーパーティー(セイロン紅茶を味わいながら交流会)
③バザー(スリランカのセイロン紅茶)
スリランカの留学生も参加予定です!
●○●○●○●○問い合わせ先●○●○●○●○
特定非営利活動法人 愛未来
Tel:0952-68-4162
Email :npo.aimirai@gmail.com
2011年07月04日
タイ&ラオス訪問プログラムのご案内
青年会議所九州地区協議会主催/NPO法人地球市民の会協力
『グローバルトレーニングスクールinThailand』 参加者募集中!!
『世界へ飛び出したい』
『アジアの一員として、もっと世界のことを知りたい』
『世界の人と、共に学び生きていきたい』
『いろいろな人と出会える夏にしたい』
この夏、そんなあなたの想いを実現させませんか?
タイ・ラオスを訪問して、
現地の人々と共に語り合い、笑い合い、
手を取り合い私たちが暮らす世界、
そして日本について学びます。
【日程】
2011年8月24日(水)~8月28日(日) 4泊5日
【訪問先】
タイ東北部ウドンタニ県及びラオス
【参加費】
110,000円
(航空券、滞在費、燃油サーチャージ料含む)
*海外保険料、個人でかかるお土産代等は除く。
【募集期間】
2011年7月1日(金)~7月24日(日)
【内容】 ユーカリのプランテーション見学
『世界とわたし達のつながりは?』
クーキャオ校を訪問&子ども達との対面
ホームステイ『田舎でタイを丸ごと体験!』
クーキャオ校の子ども達とプログラム
など
*現地受け入れ先の都合により、若干のプログラムの変更の可能性はあります。
【事前研修】
日時:7月30日(土)14時~17時40分
会場:久留米地域地場産業振興センター
滞在をより充実させるため、事前研修&参加者の顔合わせを行います。
事前研修は、必須となっています。
【その他】
パスポートの残余期間6ヶ月が必要です。
【地球市民の会からメッセージ】
当会が長年活動をしてきたタイ東北部。発展しゆくタイ
ですが、東北部にはまだまだゆったりとした時間が流れ
ています。
人、そして村を大切にする人々の温かい生き方から、
私たちが人として学びをもらうことが多くあると感
じます。自然と全ての者に対して『ありがとう』の
気持ちで心がいっぱいになります。
また、今回は、地球市民の会単独の訪問ではできない、
青年会議所の熱い心を持ったメンバー、多くの仲間と
出会えるまたとない機会です。
皆さんと素敵な時間を過ごせるのを楽しみにしています♪
【お問合せ先】
◆公益社団法人日本青年会議所 九州地区協議会
九州JAYCEEスピリッツ醸成委員会
運営幹事 荒木 貴史
TEL:090-5083-4483/E-mail:gts@kashimajc.com
◆NPO法人地球市民の会
タイ事業担当 戸田 玲子
TEL:0952-24-3334/E-mail:toda@tpa.nk-i.net
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2011年07月04日
ヒマラヤがみえる街
7月突入です。2011年も半分が過ぎました!
う~ん、しかし、まだ、梅雨明けしそうにありませんね~
今回は、ネパールのポカラ市。
村落開発普及員として今年1月からネパールで頑張っている武藤さんからの投稿です。
ポカラはネパールで2番目の都市で一番の観光地です。
↓晴れた日は街のいたる所からヒマラヤが見えます。
ネパールは
日本米やしょうゆなんかも
簡単に手に入ります
ネパール人は
能天気な日本人って感じです
部族によっては顔もそっくりです
↑ホーリーというお祭り
大人も子供も
カラーボールをぶつけあいます
先日ブッタの生まれた場所である
ルンビニに行ってきました
世界各国がルンビニに仏教寺をつくって
世界平和を祈っているようなところで
まさにシャンティでした
日本の仏舎利塔もありました
武藤さん、ありがとうございました
仏舎利塔、なんと佐賀にもあります!
牛津の「肥前仏舎利塔」。(当たり前かもしれませんが、ルンビニの仏舎利塔に似ています)
ネパールを身近に感じました
では、次回は、どこの国からの投稿がくるでしょうか?
お楽しみに!
2011年06月28日
協力隊OB会4県交流イベントを行いました!
今回、初企画の4県交流イベント。
↑北山湖一周(約6.5km)を約2時間半かけて歩いた後なのに、みんなさん、この笑顔
「一たす一は…にっ!」ではなく「北山少年自然の…Yeah!」で、ハイポーズ
佐賀県13名、長崎県5名、福岡県7名、そして、なんと鹿児島県2名(さすが、協力隊!フットワークが軽いです)
(ご家族での参加もあり、最年少は3歳)
佐賀県OB会の楽しい企画で、ミニバレーやレクレーション、BBQ、被災地でボランティアをされた福岡県OB会長の体験発表と盛りだくさん。
←この3つのうち1つが、世界一辛い「ブッドジェロキア」
ハバネロより辛いということです。(辛いというより痛い!!)
目隠しをして、どれか1つを選んで食べます。
↓こんな感じ(マスクで作った目隠し。工夫も満載)
そして、1日目の締めは、被災地でボラティア活動されてこられた福岡県OB会長の体験発表。
テレビのニュースで見ているけれど、実際に見て、感じてこられた生の声を聞けるのは貴重でした。
「ボランティアだからこそできることがある」
印象に残った言葉です。
海外でもそして、今回の東日本大震災でも同じこと。
それぞれの役目があり、できることがある。
みなさんが真剣に聞き入っている姿がとても印象的でした。
アジサイがきれい
雨の中の開催でしたが、青年海外協力隊に限らずボランティアという意味をもう一度考え直した、充実した2日間でした。
2011年06月20日
グアテマラのケーキはいかが?
みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
ちょっとでも異国の気分を味わってもらい、憂鬱な梅雨を忘れてください
今回は、中南米のグアテマラです。
青少年活動として児童施設で活動している鈴田有加さんからの「ここがびっくり!グアテマラ情報」です
↑グアテマラのケーキ(外国らしいケーキですね~)
青・黄・赤…味はともかく(笑)すご~くきれいです!!(鈴田さん談)
色もすごいけど、大きさもすごい…直径50センチあるらしい
グアテマラでは、1日2回のおやつタイム(10時と4時)には、甘ーい飲み物とお菓子やパン。おやつって量ではなくご飯並みの量(笑)だそうでも、昔は体が大きい方が富の象徴で、今もその名残が残っているとのこと。
開発途上国でも、栄養不良の問題と合わせ、栄養過多による生活習慣病(糖尿病や高血圧、肥満など)が問題になっています。
食生活を変えるといっても、「太っているのが富の象徴」と言った考えなど、その国の風習・文化・社会環境や生活環境などなど…が絡んでくると、そう簡単にはいかないものですよね。
次回のグアテマラ情報、お楽しみに~
追伸:鈴田さん、野犬(グアテマラは野犬がすごく多いんですって)に気をつけてくださいね
2011年06月01日
ボリビアだより
いよいよ今日から6月ですね
梅雨がないボリビアから前回に続き、便りが届きました
今回も面白い写真が届いてますよ~
それではどうぞ~
みなさんこんにちは。ボリビアで活動を行っている協力隊兼伊万里市の梨農家です。今回は活動の紹介をさせていただきます。
自宅のあるサンフアン日系人移住地より北へ。
道端に転がっている大蛇やワニを眺めながらぼこぼこのアスファルトと
日本の無償援助で建設された橋を超え、そこから先は雨期になると沼、乾期になると砂漠になる未舗装の道を進みます。日本ではあまり見ることのできない見渡す限り水平な大地を、ああ俺協力隊やってるなぁと感じながら進む事40km。ザ・協力隊活動場所といった感じの集落「アヤクチョ」に到着です。
この集落が現在の主な活動先です。
この集落はアンデス山脈で暮らしていたケチュアという民族の方々が豊かな自然を求めて移り住んで来てできた比較的新しい集落で、政府の移住プロジェクトで移住してきた家族にはなんと各家族50ha(1へクタール=100m×100m、我が家の農地の10倍以上!)もの土地がプレゼント(?)されています。それでも皆さん土地が狭いとご不満の様子。土地の利用率、農業の効率が良くないため50haの土地を遊ばせちゃっているのが現状です。それらの改善と、持続可能な農業の伝達が私の活動の大きな課題となっています。
持続可能な農業を確立する事は農家にとってはもちろんですが、これからの世界全体のためにも必要な事でしょう。
わかりやすい例としてボリビアでも問題になっている焼き畑農業があります。森を焼き払い農地を作り、農地がやせ衰えたらまた新しく森を焼き払い農地を作る事によって続いているこの農法、時期によっては煙害で飛行機が飛ばない日があるほどそれはそれは燃えまくりなのですが、このままではアマゾンのジャングルは砂漠になっちゃいます。これは極端な例であり私の活動は直接的には焼き畑を防ぐ事には繋がりませんが、持続可能な農業を行う事により将来性のある農業経営ができると伝える事ができればと思っています。
自宅のあるサンフアン移住地は地元伊万里市大川町より都会(?)なため、赴任当初は想像していた協力隊像とのギャップに少し戸惑いを覚えていました。収入こそ日本の人々より少ないですが(多い方ももちろんいます)その分生活費が安価なためそれぞれの生活は日本より豊かにすら見えます。そういう事もあってか、初めて巡回指導を行った日は失礼な表現ですが感動すら覚えました。途上国も豊かなところはとても豊かですが、少し町を離れると沢山の貧しい人々が生活を行っています。
鶏の横で昼寝をする猫、その枕になっている犬、自分をその兄弟だと思っている猪、日本ではまず見ることのできないのどかな風景。
ここではそれが当り前です。
そしてその土地で貧しいながらも明るく暮らす人々。
彼らに協力し、ほんのわずかではあっても彼らの人生が豊かになる力となり、彼らとともに自分自身も成長する事ができる。
うーん、なんと素晴らしい機会でしょうか。
決して無駄にしてはいけませんね^^
2011年05月12日
ボリビアでも佐賀弁が通じる?!
そしてそして、ご無沙汰しておりました
今回は、ボリビアで野菜栽培で活動されている鶴田 善久隊員からの報告です。
みなさんこんにちは。
南米ボリビアにおいて協力隊活動を行っている伊万里の梨農家です。今回は任地であるサンタクルス県サンフアン市の紹介をさせていただきますね。
サンフアン市は日系移住地として開拓され発展してきた人口1万人程の町で、現在も250件800名ほどの日系人の方がこの町で生活を行っています。多くの方が九州、特に長崎出身の方で、佐賀県出身の方も何名かおられます。そのためサンフアンでは当たり前のように佐賀弁が通じちゃいます。
それどころか、この町で生まれ育った私と同年代の日系3世たちの会話の中にも佐賀弁が出てきます。彼らサンフアンの日系人は当たり前のように日本語とスペイン語をまぜこぜにして話すバイリンガルなのですが、その会話の中に時々出てくる佐賀弁を聞くといつもほっとしちゃいます。
スペイン語で『私』にあたる一人称は『Yo(ヨ)』なのですが、サンフアン人の若者たちは日本語で話す時も『私』のかわりにこの『Yo』をよく使います。
例えば「私の名前は~です」は「Yoの名前は~です」といった感じですね。この『Yo』がサンフアンに来たばかりの頃は『余』に聞こえてしまって、いつも心の中でどこの上様ですか(笑)とつっこんでいました。
「余も遊ぶ~~(゚∀゚)」とか言っているちっちゃな将軍たちを見るととてもほのぼのしてしまいますよ。
サンフアンの日系人たちは多大な努力をもって裕福な生活を築き上げることに成功しました。
移住当時はジャングルだった土地を切り開き、周りのボリビア人よりもずっと貧しい生活を行いながらも着実に前進を続け、今では米・養鶏を中心とした農産物の生産でボリビア経済に貢献するほどまでに成長しています。
経済的差が大きくなると外の国から移住してきた人々は以前よりその地に住んでいた人々から妬みに似た感情を覚えられる事も少なくありませんが、多大な努力の上での成功である事を周囲の人々も理解しているため彼らサンフアンの日系人はむしろ羨望や憧憬に近い友好的な評価を受けています。
私の主な活動先はサンフアン日系人移住区より40km程離れた、高地より移り住んだ方々が暮らす日系人移住区より新しい集落です。
そのため直接的には活動の要請内容はサンフアンの日系社会を対象としていません。
事実配属されるその時までサンフアンという町がここまで「日本」であることを知りませんでしたし、日々の生活でスペイン語より佐賀弁を話す機会が多くなるとは思っていませんでした。ですが偶然か運命か巡り合う事になったこのサンフアン日系社会、私の人生において大きな財産となるこの出会いを大切にし、いつかここサンフアンが自分の第二の故郷であると胸を張れるように馴染む事ができればと思っています。
2011年03月29日
ニカラグアから応援メッセージ②
東北関東大震災での被災者の皆様には心よりお見舞い申し上げます。
東北関東大震災は、ニカラグア国内にも大きな衝撃が走りました。また、ニカラグアの太平洋沖にも津波がくるという予報を受けて国内でも軍隊を動員して津波に備えていました。幸い、ニカラグアには大きな津波はきませんでした。
私の周辺のニカラグア人は「自国のことよりも日本のことを本当に心配」していました。
私が活動しているジョン・F・ケネディー小学校は、私でボランティアが3代目ということもあり、副校長でもあり私のカウンターパートでもあるラモン先生が「日本の皆さんに何かしたい!!」と言ってくれました。
そこで、一緒に応援メッセージを作ろう!と計画をしました。
カメラの都合で児童達が国旗を描いている様子と私が書を書いている様子を写真に収めることはできませんでしたが・・・。
主に6年生と作り上げました。他の学年の教室をまわった際に、児童皆が「私が書きたい!」と言ってくれて放課後も「日本のために書きたい!!」と、たくさんの児童が言ってくれました。
それから、教員みんな・保護者の方々・警察官・ホームステイ先の家族、たくさんの人々が日本にメッセージを送りたいと言ってくれました。
メッセージの内容は「日本とニカラグアは兄弟。1日も早い復興を神に祈っています。」「神は、きっと日本を救ってくれる。」「共に歩んでいこう。」「心は1つ。」等です。
被災された皆様、1日も早い復興を心から願っています。
ニカラグア
山下 優子
2011年03月28日
ニカラグアから東北への応援メッセージ
再び、とても温かい、そして励まされるニュースがありました。
現在ニカラグアに派遣されている山下優子さんから、配属先の小学校で、東北大震災の応援メッセージが届きました。
東北での津波、大地震はニカラグアでも大きなニュースになっていて、ニカラグアの人々は本当に日本のことを心配しているそうです。
「何かしたい!!!」
その思いから、山下さんが配属されている小学校で日本への応援メッセージを作ってくれたそうです。
その際に、児童たちも教員たちも、日本へ応援メッセージを書きたい!と言ってくれたそうです。
日本の反対側にあるニカラグアからも、日本は応援されていることを感じ、とても心があたたかくなりました。
写真では見えづらいですが、日本語やスペイン語で、東北、日本の復興を願うメッセージがぎっしり込められています。
今現在は、佐賀県庁のワールドプラザに掲示していますが、今後、佐賀県協力隊を育てる会のメンバーが東北へボランティアへ向かう際に、みんなの応援の気持ちとともに持って行ってもらう予定です。
ニカラグアからの思いが、東北の被災者の心へ届く事を願って・・・☆
2011年03月25日
中国から東北大震災への募金活動
現在中国へ青年海外協力隊として派遣中の鶴田さゆりさん(平成21年度2次隊、職種:幼児教育)から
のお便りがありました。
以下、お読みください
このたび、東北地方太平洋沖地震により、亡くなられた方々とご遺族の皆様にお悔やみ申し上げます。
また、被災された皆様、ご家族の方々に心からお見舞い申し上げます。
被災されました地域におかれましては、一日も早い復旧、復興を心よりお祈り申し上げます。
私が地震発生を知ったのは、金曜日の夕方。
職員室で授業準備をしていた時でした。
ケータイにJICA中国事務所から電話が入り、CPが使っているPCを譲ってもらってネットのニュースを見たけど。
あの時は、今回の地震がここまでひどいとは正直思っていませんでした。
週末、私のケータイはずっと鳴りっ放し。
心配した同僚や保護者・子ども達からのものでした。
「私の実家は無事だよ。家族も、友達も。ありがとう。」
何度も何度も言ってると、”自分さえよければいいのか!”と思えてきました。
国の一大事に、国外でぬくぬくとしている自分が嫌になってきて。
こんな時に何もできなくて…誰がボランティアなんだ!って。
週明け幼稚園に行くと、先生達が「実家は無事だった?」と次々に聞いてきてくれて。
「なにか出来ることがあったら、なんでも言ってね!」って言ってくれるけど、そんなの私にもわかりません。
気にかけてくれるのは嬉しいけど、何だか複雑な気分でした。
自分の実家や地元・身の回りは大丈夫だけど、日本は大丈夫じゃないから。
子ども達も、自宅のTVで見たのでしょう。
「先生、日本で地震があったって知ってる?」という子
「ママに”笑理老師に優しくしてあげなさい”って言われたよ」という子
「日本は危ないから、このままずっと中国にいなよ」という子
「お家が直るまで、ウチに泊まっていいよ!」という子
この子、何度言って聞かせても私が毎日日本から飛行機通勤してると思ってます。
そして、昨日3月17日。
去年の配属クラスで工作の授業をする事になってたのですが、授業の前にあなたに話があると言われました。
「今、私達は日本の大地震にとても注目してる。
この子達が中班(年中組)の頃、四川大地震が起きた時、あなたの前任者が日本の幼稚園に呼びかけてバザーをして中国を助けてくれた。
今度は、私達が日本を助ける番よ!」
授業の前に、担任の王老師から言われた言葉です。
いつもは騒がしい子ども達も、この時は真剣な眼差しで王老師の話を聞いていました。
地震が起きてからというもの、こっちの人達が私や日本の事を気に掛けてくれるのは非常に嬉しく思いました。
しかし、顔を合わせる度に地震の話をされるのが、何だか億劫で…。
幼稚園の食堂でご飯を食べている時に地震の話をされる時には、食糧難や水不足の被災地の事を思い浮かべてしまって・・・。
協力隊という1つのボランティアの身分でありながら、節電の協力もできなければ、献血も出来ない。
優しい言葉で気遣ってくれる子ども達、沢山いました。
「明日、先生にお金あげるね~!」と言って帰っていきます。
「その言葉だけで十分、ありがとう。」そう言って送り出す私。
その日、私がこのクラスで授業をする事に合わせ、王老師が私に内緒で子ども達(各家庭)に募金を募ってくれていたのでした。
それまで、どんな悲惨な映像や写真・ニュースを見てもなかなか実感がわかず、
”国外にいて実質的な苦労を共にしてない私には泣く資格は無いし、泣いたってどうしようも無い!”と思ってきた私ですが、子ども達の目の前で大泣き・・・。
今日、このクラスで集まった募金は約2000元。
(日本円に換算すると約3万円ですが、中国の一般家庭約1ヶ月分の収入に相当する金額)
写真でははっきり見えないかもしれませんが、黒板には”日本加油!~頑張れ日本!~”と、書かれています。
園長室に行き、今日の出来事とそれに対する感謝の気持ちを伝えに行きました。
「当然の事をしただけだから、気を遣わないで。それにしても、いい考えだわ。
このクラスだけじゃなくて、南坪実験幼稚園全体で募金活動をしましょう!
1クラスで2000元集まったんだから、全体でやったらもっと大きな力になるわよ!」
と言って下さり、お迎えの時間募金してくれたクラスに行き、お迎えに来られた保護者1人1人に募金協力へのお礼を言った時も「当然の事よ。」ほとんどの保護者がそう言って下さり、何も言わない代わりに私の肩を優しく撫でて下さった方も。
担任の王老師は、「今回の地震の報道を見て、日本人を本当に尊敬してる。
シャオリーが授業をする時、どんなに時間がかかろうと”並ぶ””待つ””譲り合う””ありがとうと言う習慣”…etc
正直、何でこんな事に時間を割くの?授業を進めた方がいいんじゃない?そう思いながらあなたの授業を見てた事もあったの。
でも、あなたが日本の幼稚園でやってた様に、授業を効率良くやる事より、こういう内面の部分を根気良く子ども達に教えているかがわかった気がする。
小さい頃からこれをやり続けてるからこそ、日本人は今回みたいな困難に遭っても秩序を保って、お互いを思いやった行動ができるんだと思う。
あなたがいつも教えている事、子ども達が大きくなっても忘れないで欲しい。
そして、私達も伝えていかなきゃね。」そう言ってくれました。
こんな時だからこそ、日本にいようが国外にいようが、自分の日本人としての本質が問われるのかもしれません。
今、私に出来る事は日本に一時帰国する事ではなく、協力隊としての活動を全うする事です。
(私のブログ⇒http://blog.livedoor.jp/xiaoli_0102/)
日本にいなくとも、離れていても、日本を思ってくれている人たちが大勢いる・・・。
今回を機に、理論ではなく、世界が助け合う事・人種を超えて互いを思いやる、人のあたたかさを心から実感しました。
今回の募金活動は配属先が実施してくれたもので、鶴田さん自身から投げ掛けたものではないそうです。
そして、今日鶴田さんから連絡があったのですが、
たった1日にして、中国人一家3ヶ月分の生活費が集まったそうです。
鶴田さんは、「大量のお札を数える時、普通なら笑いが止まらなくなるのでしょうが、私の場合は涙が止まりませんでした」と話されていました。
「国際協力」をしに、協力隊として派遣され、しかし、逆に日本が助けられている。
世界は一つなんだと、本当に相互依存・お互いが協力し合う事の大切さを、より一層感じている今日この頃です。
2011年03月15日
ベトナムだより
先週起こった地震・津波で、深刻な被害が出ていて、ニュースを見るたびに心が痛む思いをしています。
地震が起きたとき、私は海外にいたのですが、現地の人も「日本は大丈夫か?」「家族や友人は大丈夫か?」「日本人はとても優しく親切だから、被害がひどくならないように祈るよ」・・・などといった言葉を会う人会う人から聞きました。
九州は今回、影響はなかったけれども、それでも、同じ日本、同じ地球に住む者として、みんなが被災者の方々を応援している、励ましていて、世界は一つなのだと改めて実感しています。
私も佐賀にいてもできる身近なことから始めてみようと思います。
さて、前置きが長くなりましたが、今回はベトナムに派遣されている高尾麻衣子さんからのお便りです
高尾さんはH22年6月に派遣されました。約9ヶ月たつ今、どのような生活をされているのでしょうか?
ではごゆっくりお読みください^^
みなさんこんにちは。
ベトナムに作業療法士として活動している高尾麻衣子と申します。
私は、ベトナムの食事を紹介したいと思います。
食事は人間が生活していく上で非常に大切なものです。
食べることが大好きな私は、協力隊に参加するにあたり、食事面の心配は非常に大きいものでした。
しかし派遣される前、ベトナムの情報誌で、ベトナムの食事は、フランスと中国の影響を受けていることや、豊かな食材に溢れていることを知り、不安は解消され、楽しみになっていました。
実際に来て感じたことは、ベトナムの食事は、おいしすぎる!!ということです。味付けは日本の味と似ているものも多くあります。
ついつい食べすぎでしまいます。日本では食べることのできない、野菜・果物も豊富にあります。
日本にいるとき、私は毎日お菓子を大量に食べてましたが、今は新鮮な果物、シントー、チェーなど、現地の作りたてのおやつを安く食べることができており、お菓子を食べる量が減りました!私にとって食事は、楽しみの場、コミュニケーションの場、ストレス解消の場です。
ベトナムの食事の特徴は、外食が多いこと、大皿につがれたおかずをみんなで分け合って食べること、お米をたくさん食べるところだと思います。
代表的なベトナム料理は、麺料理のフォーや、生春巻きなどです。
私は、朝昼の食事を同僚とともにします。夜は、隣に呼ばれることも多いです。どこで食事をしても、みんなは「たくさん食べなさい」と言い、料理をよそってくれます。人の優しさを感じる瞬間です。
時間があるときは、わたしも負けじと日本食を作り紹介しています。味の問題は別として、みんなとても喜んでくれます。
これからも食事を通して、ベトナムを知り、また日本を伝えていけたらいいなと思います。…もちろん活動も頑張っていますよ!!